May 13, 2019 regular
#06

旅と音楽について、考えてみた。

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林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。

『ラ・フォル・ジュルネ』の話題は今回をもってひと区切り。今年で15回目を迎えた『ラ・フォル・ジュルネTOKYO2019』。5月3、4、5日に東京国際フォーラムで行われたたくさんの公演の中から、いくつかのコンサートを聴いて、今回のテーマ「ボヤージュ 旅から生まれた音楽(ものがたり)」について、考えてみた。

旅とは何だろう?
美しい風景を観に行くこと?
その土地のおいしい食べ物を食べること?
異国の歴史や文化に触れて、刺激を受けること?
新しい土地でビジネスの機会を求め、仲間を探すこと?
旅情を味わいながら、自分を見つめ直すこと?

おそらく、そのどれもが正解なのだろう。
だが、今回の『ラ・フォル・ジュルネ』では、音楽を通して、旅についての別な視点をもらったような気がする。それを以下の三つにまとめてみた。

1)なつかしさ、寂しさ、憧れの混じり合ったような感情に共振すること。

「旅のアルバム」というコンサートを聴いた(公演番号234、5月4日・ホールB5)。南仏で学んだというエマニュエル・ロスフェルダーのギター(オーケストラのように多彩な音色、切れ味鋭いリズムとなめらかな音色をもつ、凄腕のテクニック)を中心に、イタリア、スペイン、フランス、ブラジル、アルゼンチンの音楽を、弦楽四重奏やバンドネオンなどを加えつつ、さすらうように紹介していく内容であった。
彼らの音楽は、情熱を解放するばかりでなく、秘めることにこそ真髄がある。
特に印象に残ったのが、ポルトガル出身の若いソプラノ、ラケル・カマリーナ。フランス歌曲をベルカントの技術で軽やかに歌ったかと思うと、湿り気のある地声で、ポルトガルのファドを哀感たっぷりに歌った、その切り替えの見事さ。人は誰でも、複数の声というものを、本来は持っているのではないか。そんなことをふと考えた。
こうした音楽を聴いていると、いわゆる「サウダージ」(郷愁)と呼ばれるような、胸をしめつけるようななつかしさ、寂しさ、憧れのないまぜになったような感情が、こちら側にも伝染してくる。それは、音楽が教えてくれる、旅の本質のひとつでもある。

『ラ・フォル・ジュルネTOKYO2019』でのラケル・カマリーナ(ソプラノ)とエマニュエル・ロスフェルダー(ギター)。5月4日、東京国際フォーラム・ホールB5でのコンサートより。 (c)teamMiura 

2)その土地の共同体のありかを感じること。

コルシカ島の男声声楽アンサンブル「タヴァーニャ」のコンサートを聴いた(公演番号236、5月4日・ホールB5)。「地中海のポリフォニー」と銘打たれたコンサートでは、9人の男性が、曲ごとに並び方を変え、いくつかのグループに分かれたり、額を寄せ合うようにして小さく輪になったりしながら、教会歌や世俗歌を歌っていく。コルシカ島の伝承歌謡のみならず、英国の作曲家の作品も取り上げたところが、ただ伝統の継承に収まらない彼らの活動趣旨を感じさせた。
「タヴァーニャ」を聴いて思ったのは、コルシカ島の人々の共同体の雰囲気である。仲間どうし、同じ言語で声を合わせる行為には、きっと生活と労働の背景がある。それを感じるのも、旅のひとつではないだろうか。
アンコールで舞台から通路に降りた彼らが、客席から女性を一人選び出し、その人だけのためにぐるりと取り囲んで歌ったのは面白いサプライズだった。その女性は恐怖を感じただろうか? それとも自分だけのために9人の男性がサラウンドで歌う贅沢な体験に感激しただろうか?
ひとつだけ確かに言えるのは、その行為は、大切な客人を音楽でもてなし歓迎する、彼らの共同体としての親愛の表れだったのだろう、ということだ。

3)異なる文化に興味を持ち、模倣し、同化し、自分のなかに取り込むこと。

5月5日には、私がプレゼンターを担当するインターネットラジオOTTAVAの特設スタジオ生放送のゲストとして、フランスを本拠に活動する、地中海沿岸の伝承音楽アンサンブル「カンティクム・ノーヴム」に出演していただく機会があった。
使われている楽器はさまざまで、実際には地中海だけにはとどまらない。中央アジアに由来する羊飼いの笛カヴァル、スカンディナヴィアの古い弦楽器ニッケルハルパ、ピタゴラス的な三角形を思わせるアラブの箱型撥弦楽器カーヌーンは、番組の中でも紹介していただいた。
彼らの『ラ・フォル・ジュルネ』でのコンサートのひとつが、極東と地中海世界をつなぐ「シルクロード」である。番組にも尺八奏者の小濱明人さんがこのときゲストとして同行し、カヴァルと尺八による即興二重奏を披露してくださった。
これは美しい聴きものだった。西と東の異なる伝統を持つふたつの古い笛が、刺激し合い、模倣し合い、ひとつの音楽の中に同化し溶け合っていく――そこには、宗教や国境や言語の違いを乗り越えて、音楽の力によって調和を見出していく、魔法のような瞬間があった。

『ラ・フォル・ジュルネ』のアーティスティック・ディレクター、ルネ・マルタンはこう語っていた。「旅とは、他者と出会うことなのです」と。
最近はヨーロッパでもアジアでも、異なる価値観や文化を持つ他者との摩擦がますます増えてきている。国が違う、利害関係が違う、歴史観が違う。それだけで排除の論理と憎しみが生まれがちである。

そうしたなかで、旅がどれほど音楽を豊かにし、人と人をつないできたかを考えてみることは、未来の平和のためにも、大きな意義があるのではないだろうか。

※関連リンク
「旅のアルバム Carnets de Voyage」エマニュエル・ロスフェルダー(ギター)
https://www.amazon.co.jp/Carnets-Voyage-Emmanuel-Rossfelder/dp/B07KHKWNQG/

『ラ・フォル・ジュルネ』公式CDの中でも、今年のテーマそのものを体現する、もっともすぐれたアルバムのひとつ。音楽祭に足を運べなかった方はぜひ一聴されることをお勧めする。ギターを中心に、クラシックと民族音楽が見事に調和している。

書籍情報
『ルネ・マルタン プロデュースの極意 
ビジネス・芸術・人生を豊かにする50の哲学』

著者:林田直樹
出版社:アルテスパブリッシング
定価:1,400円(税別)
https://artespublishing.com/shop/books/86559-157-6/

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