Apr 29, 2019 regular
#04

“詳しい・詳しくない”を超えた聴衆の平等

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林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。

人はなぜコンサートに行くのだろうか。有名なアーティストの演奏を聴きに行くため?(見に行くため?) そこで演奏される作品に興味があるから?(もともと知っている曲だと安心だから?) この問題についても、2005年に日本でも始まったクラシック音楽祭『ラ・フォル・ジュルネ』は大きな革命をもたらした。

同一会場で朝から晩まで集中豪雨のように、たくさんの短くて廉価な、あるいは無料のコンサートを同時多発的におこなう『ラ・フォル・ジュルネ』に足を運んだ人は、みなこう考える。

「1つだけ聴いて帰るのはもったいないから、もう1つ2つ、聴いていこうかな?」

「次のコンサートまでの空き時間があるなあ。展示でも見て回ろうか?それとも屋台でビールでも飲もうか? おや、無料ライブが始まったぞ? 誰だろう」

これが重要なのだ。

『ラ・フォル・ジュルネ』では、もともとよく知っているアーティストや楽曲だけを聴くのではなく、あまりよく知らないものについても、「行ってみようかな」となりやすい。

人々は、有名なものを確認しに単独のコンサートに行くのではなく、好奇心に突き動かされて複数のコンサートを選択しようとする。

既知の音楽だけではなく、未知の音楽へと踏み出しはじめる。

2006年に初めて、フランスの港町ナントで開かれている本場の『ラ・フォル・ジュルネ』に行ったときのことはいまだに忘れられない。

その年は、日本開催のほうのテーマはモーツァルトだったが、ナントでは「《国々のハーモニー》(L’Harmonie des Nations)」と題され、1650年~1750年代のバロック音楽の祭典となっていた。

あのときに、初めて私は身をもって体感することができた。バッハは「音楽の父」ではなく、あの時代にたくさんいた巨匠たちの一人だったことを。バロック音楽とは、たった一つの太陽であるバッハが輝いているのではなく、たくさんの太陽たちが輝く宇宙だったのだと。そして、ここでは、名前も聞いたことのないような未知の若い演奏家であっても、すごい大当たりに出くわすことが多いのだと――。

休憩時間に何人かの現地ナントのお客さんに話しかけてみると、この音楽祭に出会う前は、あまりクラシック音楽を聴いたことがなかったという人がほとんどだった。それでも、多い場合は1日で7つも8つもコンサートをはしごしている。もはや手あたり次第に、という感じで未知との出会いを満喫している様子がうかがえた。

「ラ・フォル・ジュルネ」の本場ナントのメイン会場シテ・デ・コングレでは、コンサートの合間に、テーマや演奏によって知的好奇心を刺激された人々が書籍売り場に集まってくる。通常では考えられないほど、本やCDが欲しくなる音楽祭でもある。

『ラ・フォル・ジュルネ』は毎年必ずテーマが設けられている。一人の作曲家が扱われることもあるが、近年では時代も地域も超えて好奇心をそそるような“ある概念”がテーマになることが多い。

「自然」とか「ダンス」とか、「パシオン(Passion=情熱、受難など)」という年もあった。新天地を求めて亡命や移住をした作曲家たちの音楽をテーマにした「新しい世界へ」という年もあった。

今年のテーマは「ボヤージュ・旅から生まれた音楽(ものがたり)」。

旅をテーマにした、まったく新しいクラシック音楽の風景が広がっている。それを好奇心とともにさまよい歩く冒険ができる仕掛けになっているのだ。

いわば音楽のテーマパークである。

今年は3日間で320公演、2000人の出演者。作曲家も作品も無数に多いけれど、すべてルネ・マルタンが鋭く眼を光らせて選んだものばかり。安心して楽しく迷うことができる。

『ラ・フォル・ジュルネ』では、詳しいクラシック・オタクと、初心者の人が、まったく同じように堂々とカジュアルに振る舞い、自分の選択をできる。どんな専門家でも、隅々まで知り尽くしているということは、ありえない。誰もが未知と向き合わなければいけない。そこには“詳しい・詳しくない”を超えた、聴衆の平等が生まれる。

ルネは、必ずとんでもない変わり種も用意してくる。従来ならクラシック音楽という範疇には入らないような、民族音楽系の出し物だ。

今年だと、コルシカ島の伝統をもつ男声合唱アンサンブル「タヴァーニャ」、北欧神話と和太鼓のコラボレーションで霊的な世界を堪能する「ユマラ」、地中海の中世音楽集団カンティクム・ノーヴムに日本と中国の伝統音楽の混合による「シルクロード」、東欧やロシアの流浪の音楽を楽しむ「ロマ×クレズマー×バラライカ」など。

こういうエキゾティックな、名付けようのない、ときに非西洋的な音楽を、同じ音楽祭の中で同居させることで、面白い現象が起きてくる。クラシック音楽の古典的な響きの世界が、新鮮さを取り戻し、光のように感じられてくるのだ。

そういう豊かな全体を見せてくれるという意味において、『ラ・フォル・ジュルネ』は今もなお、唯一無二にして最大の音楽祭である。

【参考】クラシックとはひと味違う、民族音楽&クロスオーバー系の公演情報。
同じ日の中でクラシック系の公演(何でもいいので)と組み合わせるのが、耳の感じが変化して(異なるワインの味を2種味わうような感じで)、個人的にはおすすめ。

ミクロコスモス(スピリチュアル系合唱)
https://www.lfj.jp/lfj_2019/performance/artist/detail/art_A012.html

カンティクム・ノーヴム(中世アンサンブル)
https://www.lfj.jp/lfj_2019/performance/artist/detail/art_A024.html

タヴァーニャ(コルシカ島男声合唱)
https://www.lfj.jp/lfj_2019/performance/artist/detail/art_A011.html

シルバ・オクテット(ロマ&クレズマー音楽)
https://www.lfj.jp/lfj_2019/performance/artist/detail/art_A025.html

エマニュエル・ロスフェルダ-(ギター)
https://www.lfj.jp/lfj_2019/performance/artist/detail/art_A087.html

※最新のチケット残券状況は、こちらのURLでチェック。2時間ほどタイムラグがあるが、いまからでも購入可能かどうかはこちらを参考に。
https://www.lfj.jp/lfj_2019/performance/timetable/

※売り切れていても、あきらめてはいけない。有料公演チケットもしくはその半券があれば無料で入れる地下2階のホールEに「サプライズ・コンサート」と書かれている時間帯には、注目のアーティストが登場することが多い。ここを狙って足を運んでみてはいかがだろうか。
https://www.lfj.jp/lfj_2019/event/article_01.html

イベント情報
ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019

会期:2019年5月3日~5日
会場:東京国際フォーラムほか
時間:9:30~23:00(公演によって開演時間が異なる) 
会期:1,500円~3,500円(公演によって料金が異なる)
http://www.lfj.jp

書籍情報
『ルネ・マルタン プロデュースの極意
ビジネス・芸術・人生を豊かにする50の哲学』

著者:林田直樹
出版社:アルテスパブリッシング
定価:1,400円(税別)
https://artespublishing.com/shop/books/86559-157-6/

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