Feb 13, 2018

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【尾崎豊デビュー35周年】生前最後のインタビューとなった尾崎の言葉

初期の尾崎豊は、歌ばかりでなく、存在としてさまざまなクリエイターたちを刺激した。映像作家の佐藤輝は、矢沢永吉のいたCAROLの解散ライブを収めたテレビ番組『グッドバイ・キャロル』で有名だが、それ以上に尾崎のMVで音楽ファンを画面に釘づけにした。極彩色の絵の具やプールなどを使ってオリジナリティの高いMVを完成できたのは、インスピレ-ションに富んだ尾崎の存在があったからだ。

また尾崎のレコードジャケットを手掛けたアート・ディレクターの田島照久は、尾崎のあまりの存在感に自らカメラを手にして撮影を行なっている。ある日、路上で撮影していたとき、突然、尾崎がかじっていたコーンカップ・アイスクリームでアスファルトに文字を書き始めたのには驚いたという。

あまりにもスムーズに日常からアート・パフォーマンスに移行する尾崎の姿は、秒単位で自分を表現しようとする気迫と、生き急ぐアーティストの本質を二重映しにしているようだった。

疾走し、行き詰った尾崎は、87年暮れに逮捕された。デビューして4年が経っていた。

その間、音楽シーンには新しいスター・システムが誕生していた。80年代初頭までは、スター・システムはテレビ中心に成り立っていた。だが、チェッカーズや吉川晃司など既成の枠からはみだしたアイドル性を備えたアーティストが登場すると、ビジュアル重視の音楽雑誌とライブ・ツアーがスター・システムのメインになっていった。もちろん尾崎も、その革命の中心にいた。

僕もそうした音楽雑誌に原稿を書いていた。ところが逮捕された尾崎について「王様の迷路」と題した記事を書いたところ、いつまで経っても掲載されない事態が起こった。尾崎をメイン・アーティストにして売り上げを伸ばし、尾崎に関する広告を関係各所から大量にもらっていた編集部に握りつぶされてしまったのだ。若者向けの音楽は、それほどのビッグ・ビジネスになっていた。

数カ月後、別の雑誌に「王様の迷路」はようやく掲載されたが、時間が経ってしまった分だけ、記事の意義は減っていた。自分自身、例のスター・システムに加担していた部分もあったから、音楽マスコミの良心の欠如は、今思い返しても苦々しい思い出だ。

そのこととは別に、逮捕後のファンたちの反応が興味深かった。「裏切られた」「許せない」という意見は意外に少なく、「やっぱりそうだったんだ」「もう一度、歌って欲しい」というものが圧倒的に多かった。ファンは尾崎が追い込まれていたことを知っていた。

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