Feb 12, 2018

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【尾崎豊デビュー35周年】10代のカリスマ 尾崎の原点

1965年生まれの天才たちが、80年代の音楽シーンを変えて行った。彼らは85年に20才を迎えるのだが、85年以降のバンドブームを牽引した奥田民生たちの20才過ぎデビュー組については、改めて書こうと思う。10代デビュー組の吉川晃司については前回書いた。そうなれば今回は、もう一人の10代デビュー組、尾崎豊について書かねばならないだろう。

 

尾崎豊を巡るストーリーは、熱さと苦さの伴う衝撃と感動が立て続けに起こる。そのショックは、時間の経った今も、僕の内で新鮮に蘇る。尾崎は僕の評論家人生の中でも、二度と現われない存在として今も心に生きている。

尾崎の歌は、“メッセージ・ソング”の系譜として語ることができるだろう。60年代末に起こったアングラ・フォーク・ブームには、自衛隊を皮肉る歌、ベトナム戦争に反対する歌、政治体制を批判する歌があった。歌謡曲歌手やグループサウンズのほとんどがラブソングを歌っていた時代に、それらはリスナーに衝撃を与えた。その代表格のアーティスト岡林信康は、♪それで自由になったのかい♪と、“ことなかれ主義”の世間を厳しく糾弾する歌を作り、歌っていた。

尾崎がデビューした83年もまた、オフコースなどのニューミュージックや、松田聖子などのアイドルが君臨する“ラブソング全盛時代”だった。尾崎はそこに、強いメッセージをたずさえたシングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』でデビューした。尾崎の与えたショックは、大きかった。それゆえ、尾崎はアングラ・フォークの系譜に置くことができる。

だが、尾崎は♪自由になれた気がした 15の夜♪と歌って、よりリアリティのある世界観をもって岡林を乗り越えていた。岡林が「それで自由になったのかい」と状況を決めつけてアジテーションするのに対し、尾崎は「自由になれた気がした」と客観的に自分の状況を捉えて、疑問を投げかける。その歌詞作りの手法は、かつてのアングラ・フォークより、はるかに優れていた。15歳の自分を思い出し、ひとつ距離を置いた観察は、自由になれた気がした分だけ、絶望も深い。尾崎の心象風景は、あっという間に同世代に共感を広げていった。

尾崎は翌84年3月15日、新宿ルイードでライブを行なう。その日は尾崎が中退した高校の卒業式で、式を終えたクラスメイトがライブを観にやって来た。彼らは最前列のテーブルに陣取り、ライブの間中、尾崎とともに吠え、泣いていた。尾崎もまた同級生の前で、無防備に笑い、歌っていた。

ここから尾崎の快進撃が始まった。僕はこのとき、“無邪気な尾崎”に出会っておいてよかったと思う。決して完璧なライブではなかったが、尾崎の原点がそこにあったからだ。

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