May 22, 2018 column

高畑監督の逝去に想う 去り逝く先人と未来を繋ぐ、僕らに課せられたアーカイブの責務

A A
SHARE

先日、アニメーション監督の高畑勲氏が亡くなられた。『火垂るの墓』をはじめとしたジブリ作品のみならず、長編監督デビュー作『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)をはじめ、TVシリーズ『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』など。長年にわたって手がけられた幾多の作品が今日の日本のアニメにもたらし、残し続けている影響は計り知れない。

高畑監督の功績については僕などが書くよりも、もっと詳しい幾多の方々が多くの追悼記事の中で触れておられるし、5月に発売された月刊アニメージュ誌やキネマ旬報の追悼特集でも大きく取り上げられているので、興味のある方にはおすすめをしたい。僕らが子供の頃に何気なく毎週見ていた『ハイジ』がどれほどの大きな意味や影響を残した作品であったのか。今さらながらそのことに驚かされる。幸いにして今でも見ることが可能な作品だ。

書こうと思っている主題はこの「今でも見ることが出来る」という部分だ。 これをあたりまえだと思っている人も多いかもしれないが、必ずしもそうではない。今春、そういった“映画やアニメを残していくこと”にまつわる2つの出来事があった。

1つは国立近代美術館フィルムセンターが新組織『国立映画アーカイブ』に独立しスタートしたこと。もう1つは庵野秀明監督が理事長として立ち上げた『ATAC 特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構』が本格的に活動を開始したことだ。 それぞれを簡単に説明すれば、『国立映画アーカイブ』は日本での映画芸術にまつわる専門にして唯一最大の国立機関。古い映画のフィルム修復や保存を主に、作品収蔵などの活動を行っている。(http://www.nfaj.go.jp/) 『ATAC 特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構』はアニメのみならず、これまでは「映画制作の1セクションであり技術」という扱いでしかなかった“特撮”についても、美術や制作資料、さらに制作過程で発生する中間物の保存を主な目的としている。以前より関連した活動は行われていたが、それが本格的なスタートを切った。(http://atac.or.jp/

高畑勲監督の逝去。映画、アニメ、特撮の保存。ニュースとしてもジャンルとしてもそれぞれが異なることだと思われるかもしれないが、そこには根の部分で繋がる課題がある。

映像産業の“アーカイブ”とは簡単に言えば「作品の保存」のことだ。映画の場合、フィルムの調査・発掘、補修や復元、保存・整理、そしてパブリックなものとしての(機会に応じた)上映や展示など。だがこれはあくまで「作品本編」についてだけであって、脚本や美術設定図面といった制作過程で生み出されるものや、再生(上映)に必要な機材の動態保存、さらに制作における技術証言をはじめとして書籍などの関連資料収集保存などと多岐にわたる。 アニメであれば原画・背景画はもちろん、設定画をはじめとした幾多の中間生産物までもが含まれ、ゲームやCG作品であれば過程のデータや、そもそものその作品が走る機材(ハード)とソフトの環境といったものも動態保存しなければ意味が無い。 さらに書けば、作品のアーカイブ1つにしても「オリジナルメディアであるフィルムでの保存」と「今後のパブリックな運用・利用をしやくするためのデジタルアーカイブ化」の2つがあり、それぞれで必要な知識・技術・設備は異なってくる。 いずれにしてもあまりにも多い。だが、映画・アニメだけではなくマンガやゲームなどのサブカルチャーメディアにおいても、アーカイブの必要性を訴える声は近年それぞれの業界やコアなファン層からも高まっている。これはアメリカをはじめ映画やアニメなど映像産業が活発な多くの国でも同様で、ハリウッドでも名だたる監督の多くがアーカイブ活動への協力を表明している。ナゼ今、この「アーカイブ」の重要性、必要性が問われるようになってきたのか。そこには未来を見据えたときに避けては通れない課題が含まれているからだ。