Feb 09, 2019 column

宇宙空間を追体験させる『ファースト・マン』若き天才監督の新たな“一歩”と挑戦

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デイミアン・チャゼル34歳。『セッション』(14年)、『ラ・ラ・ランド』(16年)で一躍ハリウッドの寵児となった若き天才監督がまたも新たな地平を切り開いた『ファースト・マン』が公開された。これまで一貫して“音楽”を作品の中心に置いてきたチャゼルだが、今回初めて実話の映画化に挑戦。しかも人類最大の偉業のひとつである「アポロ11号の有人月面着陸」を成し遂げたニール・アームストロング船長の知られざる姿に迫る伝記ドラマを完成させた!

 

映画ファンを魅了した2作、『ファースト・マン』での新たなチャレンジ

 

チャゼルの名を世に知らしめたのは、何といってもアカデミー賞5部門にノミネートされ、助演男優賞に輝いた2014年の『セッション』だろう。名門音楽学校を舞台に、一流ジャズドラマーを目指す若者と高圧的なスパルタ教師との精神的なバトルを描いた心理スリラーで、緊張感と痛快さが融合したクライマックスの演奏シーンは映画ファンの度肝を抜いた。

 

『セッション』(Blu-ray・DVD 発売中) © 2013 WHIPLASH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 

そして2016年には大ヒットミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞を獲得。躍動感と遊び心に満ちたミュージカルシーンと、ほろ苦いラブストーリーの合わせ技で世界中の観客を魅了。長年温めていたという作品のアイデアは、舞台であるロサンゼルスという街に捧げたラブレターのようでもあり、映画のロケ地は観光名所にもなっている。

 

『ラ・ラ・ランド』(Blu-ray・DVD 発売中) © 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate.

 

そんなチャゼルが、完全に次のステップに足を踏み出したのが『ファースト・マン』。主演は『ラ・ラ・ランド』でも組んだライアン・ゴズリングだが、今回のゴズリングはピアノの腕前と歌声を披露した『ラ・ラ・ランド』のロマンティシズムを完全に封印し、パブリックイメージの裏に隠されたアームストロングの葛藤や心の闇を、非常にストイックに妙演してみせている。他のキャラクターに関しても感情を爆発させるのではなく、むしろ感情を抑え込んだ静かなトーンが印象的だ。

 

 

そしてチャゼル監督にとって、最大の挑戦となったのが映画のスケール感。『ラ・ラ・ランド』は目にも楽しいミュージカルだが、約33億円の製作費は決してハリウッドでは大作とは言えない。ところが今回は77億円という倍以上の巨費を投じ、IMAXのフィルムカメラという最も高価で贅沢なフォーマットを採用して、1969年の人類史上初の月面着陸の再現を試みているのである。

 

かつてない臨場感で描かれる“音のない世界”

 

これまでにも月を描こうとした映画は数多い。さかのぼれば映画黎明期の1902年にジョルジュ・メリエスは史上初のSF映画とも言われる『月世界旅行』を製作している。スタンリー・キューブリック監督は1968年にSF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』を発表。月面シーンのリアリズムと正確さは、アポロ11号による月面着陸の前年に公開されたものとはとてもじゃないが信じられない。

 

『2001年宇宙の旅』(Blu-ray・DVD 発売中) ©1968 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

 

しかし、そんな先人たちの偉業を『ファースト・マン』は超えてくるのである。前述のIMAXのフィルムカメラは、最も高画質な映像を撮影することができると言われている。その濃密な情報量がIMAXの巨大スクリーンに映し出される時、映画は鑑賞ではなく体験となり、目前に宇宙空間が広がっている感覚に陥ってしまう。これは3Dメガネをかけて立体感を感じる3D映画とは根本的に異なるものだ。

そしてチャゼルは、観客を月旅行に誘うにあたって、これまで得意としてきた音楽に頼ろうとせず、ほとんど無音の時間を設けることで、宇宙という真空状態が生み出す“音のない世界”をダイレクトに感じさせてくれるのだ。これまでに誰もが月面着陸や宇宙空間のフッテージ映像を観たことがあるだろう。しかし、ごくわずかな人間だけにしか許されていない“月に降りる”という行為を、これほど臨場感を持って体感できる映画はかつてなかっただろう。