Apr 23, 2019 mekiki

コンドルズ ・近藤良平のダンスの原点とは?

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優れた身体能力を持つプロのダンサーから、ふつうの会社員風の中年男性まで。年齢も経歴も身長も体重も多種多様な男性たちが、ダンスだけでなく、ベタなコントや人形劇まで、おもしろそうなことを次から次に繰り出して、最後はなぜか全員学ランの群舞で極(き)める。
ユニークなダンスカンパニー・コンドルズは、先鋭なコンテンポラリーダンスのイメージを、親しみやすいものに変えてくれた功労者だ。そのベースには、主宰者・近藤良平のダンス原体験が、色濃く反映しているはず。コンドルズ以外にも、振付家としてプロアマ問わず、あらゆる身体条件の人たちを踊らせてしまう踊らせ名人は、どのようにダンスと向き合ってきたのだろう。

「踊り始めたのは、大学の頃からです。今は50歳を過ぎてるので、“もう30年ぐらい踊っています”って言えるけど、その間、毎日踊り続けて磨きをかける修行みたいなことをしてきたわけじゃないですからね。かいつまんでるだけだから、つまみ食いの30年(笑)」

大学時代というと’80年代後半から’90年代にかけて。

「ちょうどオルタナティブとか第三世界というのが流行った時代。子どものころ南米に住んでいたこともあって、大学の前半は、民族音楽を演奏したり、アフリカから日本にやって来て歌ったり踊ったりするアーティストのお手伝いをしたりして、わいわいやってたんです。

ダンスについては、中学生の時にマイケル・ジャクソンを見たり、 高校の時に映画『愛と喝采の日々』でジョルジュ・ドンを見たりはしたけど、ブレイクダンスは、まだやんちゃな感じのストリートのものだったし、ダンスというと、おニャン子クラブが踊ってるようなもののイメージしかなかったなあ。だから自分のやってることが(多様なものが可能な)コンテンポラリーダンスという意識もなかったし、知らないことばかりで“ダンス”というくくり方自体が、とても新鮮だったんですよね」

近藤が影響を受けた指導者は…?

ということで、大学の後半はダンス部に所属。指導者や影響を受けたダンサーについて聞いてみたくなったのだけど、返ってきた名前は「コンラート・ローレンツ」や「カバ園長」「植村直己」…。

「コンラート・ローレンツは動物行動学の権威で、ノーベル賞も受賞してる人。あとは上野動物園の初代古賀(忠道)園長とか、東武動物公園のカバ園長(西山登志雄)とかね。そう、“園長”になりたかったんですよ。それと、冒険物ね。植村直己とか大好きで、冒険そのものも楽しいんだけど、どちらかというと、たとえば星を見て方角を確かめたり、裸一貫で身体の感覚を研ぎ澄ませて危険を察知したりするのに憧れて、自分の身体の触覚を鍛えて、素早く反応できるようになるには、ダンスをするといいんじゃないかと思って、踊ってたんです。人に見せることには、ぜんぜん興味なかった」

動物行動学が出てきた時点では、「昆虫が師」と言って憚らない中国少数民族出身の神秘の舞姫ヤン・リーピンと共通するかもと思ったけれど、近藤の場合は動物の動きを取り入れるというよりは、その反射神経や瞬発力といった、優れた動物の能力そのものへの関心。言われてみれば、彼の踊る姿には、ピューマとかチーターといった、ワイルドかつ、俊敏でしなやかな獣を彷彿させるところがあると思い当たる。

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