知らないことを知ろうとする“キュリアスな態度”を
初めて筆者が藤倉さんにお会いしたのは、今年の2月中旬、広島でのことだった。
藤倉さんはそこで、かつて広島で原爆を被爆して19歳で亡くなったピアノ好きの少女、河本明子さんの遺品として残されたピアノを前に、「ピアノ協奏曲第4番」を作曲中だった(2020年8月5、6日にマルタ・アルゲリッチのピアノ、下野竜也指揮、広島交響楽団の演奏により、世界初演される予定)。
そのとき藤倉さんは、いま作曲中の曲の断片を、サラッと目の前でピアノで弾いてくれた。何ともいえない色気のある、少しポップなくらいに美しくて、ありきたりでない、複雑なようでもあり、シンプルなようでもあり、ずっとその後も考えさせてくれるような瞬間。そのときふと思ったのは、藤倉さんの音楽は、比喩的に言うなら、坂本龍一を思わせるようにおしゃれで、前衛的で、新しいかもしれないということだった。
それは、映画『蜜蜂と遠雷』(石川慶監督、2019年10月4日公開)のために藤倉さんが書き下ろした、原作小説の中にモデルのある新曲「春と修羅」についても言える。一応現代音楽の範疇には入るのだけれど、たくさんの人にアピールする、色気を持っているのだ。

藤倉さんの直近のもっとも大きな話題が、彼自身がアーティスティック・ディレクターをつとめる「ボンクリ・フェスティバル」が東京芸術劇場で9月28日(土)におこなわれることである。「ボンクリ」とは「Born Creative」の略で、人間は生まれながらにしてクリエイティヴであるということを意味し、世界中の面白い音、新しい音を、子供のようなピュアな精神で誰もが体験できる音楽祭である。
「ボンクリ・フェス」について、藤倉さんは次のように話す。
「自分の先生とか生徒はキュレーションしないと決めています。僕がブーレーズを選ぶだろうと思っていた人は多かったと思うけど、あえてせずに。異色な選曲ではあると思いますが、たとえば日程の近い『サントリーホール・サマーフェスティバル』(もっとも規模の大きい現代音楽祭のひとつ。8月下旬におこなわれた)との違いをどういうふうに出していくか。そこに出てくる人たちが嫌いというわけじゃなくて、それなりの線引きはしているんです。
ブーレーズがよく言っていたのは『すべてがキュリアスじゃなければいけない』と。つまり、知らないことを知ろうとする態度。それを必ず忘れないようにと彼は言っていました。それがあるような作品を、ボンクリではキュレーションしているつもりです」
知らないことを知ろうとする態度――それは「ボンクリ」の精神であるとともに、いまの時代にとって最も必要なものでもある。「ボンクリ」とは、藤倉さんの音楽の根底にある、子どものように新しい音を面白がり、コミュニケーションを積極的にとりながら、仲間たちを増やして、一緒に音楽を作っていく姿勢そのものの反映でもある。
取材・文/林田直樹
撮影/森山祐子

作曲家/ボンクリフェス2019アーティスティック・ディレクター
世界で演奏される機会の最も多い作曲家のひとり。1977年大阪に生まれ、15歳で渡英。ヴェネツィア・ビエンナーレ音楽部門銀獅子賞、平成30年度芸術選奨音楽部門文部科学大臣新人賞をはじめ、数々の著名な作曲賞を受賞。2015年にシャンゼリゼ劇場/ローザンヌ歌劇場/リール歌劇場の共同委嘱による自身初のオペラ《ソラリス》の世界初演は大成功を収め、18年アウグスブルク劇場での新演出による上演も高い評価を得た。同年、スイス・バーゼル劇場の委嘱で2作目のオペラ《黄金虫》を世界初演し、大成功を収めた。

ボンクリ・フェス=Born Creative Festival
「人間はみんな、生まれつきクリエイティブ!」と2017年にスタートした、世界中の「新しい音」が聴ける1dayフェス。
2019年9月28日(土)東京芸術劇場 コンサートホール他