Sep 17, 2019 mekiki

作曲家・藤倉大の音楽性〜彼はどういう道を歩んできたか

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お父さん、お母さんと慕う音楽家は‥?

「その点、僕のメンターの一人である、ペーテル・エトヴェシュ(1944年生まれ、ハンガリーの作曲家、指揮者)はすごいですよ。ここは難しいからしっかりリハーサルをして、あとは流すだけで大丈夫、というふうなことを、スコアでプランを立てろと。リハーサルの時間は限られていますから。要するに、どうでもいいようなところに時間をかけさせるようなスコアを書くな、と。
エトヴェシュさんは超プラクティカルです。2005年くらいからオーケストラ作品を演奏してくださったりとか、僕の人生のなかでエトヴェシュさんがドアを開けてくれたことは多いですね。エトヴェシュが音楽上の僕のお父さんだったら、ジョージ・ベンジャミン(1961年生まれ、英国の作曲家。2019年8月にサントリーホールで代表作のオペラ「リトゥン・オン・スキン」が日本初演された)はママですね。ジョージも先生で、この間も会いました」

藤倉さんの作曲家としての活躍の根底にあるのは、異常なまでのコミュニケーション能力の高さなのだ。「話して話して」「相手が変わる」とは、誰にでも起こることではない。
もちろん、たくさんの友人たちや試験官から、「僕にも曲を書いて」と言わせるためには、社交だけでは駄目で、やはり曲自体に力がなければいけない。もちろん、藤倉さんを導いてくれたエトヴェシュやベンジャミン、ブーレーズにしてもそうだ。

「18歳の頃は、映画音楽をやりたいと思っていました。ジョン・ウィリアムズじゃなくて、エリオット・ゴールデンサールが好きでした。『エイリアン3』(デヴィッド・フィンチャー監督、1992年)とか、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(ニール・ジョーダン監督、1994年)とかの、つまりホラー映画の音楽。サントラも最高なんです。エレクトロニクスとオーケストラが混ざったサウンド。グリッサンドとか出てくるじゃないですか。ああいうのが大好きで。あとはボーイソプラノが出てきたりとか。少しグスタフ・マーラーっぽいところもあるんです。そこからマーラーに入りました。
19歳のときに、ダルムシュタット(正式名称:ダルムシュタット夏季現代音楽講習会。1946年以降、南ドイツのこの一地方都市は、現代音楽の最先端が集う研究と実践の場として時代をリードしてきた)を覗きに行ったんです。ショッキングでしたね。何だ、これは!と。うちの娘も、7歳になるんですけど、展覧会などに行くと、ふてくされていて、くだらないなと言いながら、帰ってきてすぐにまねをして絵を描いたりする。それと同じで、ダルムシュタットでもどっぷりと影響されました」

おそらく、藤倉さんの音楽の原点にあるのは、新しい音を子どものように面白がることである。
ホラー映画の音楽のサウンドを語る口調もそれだし、ダルムシュタットに至っては、何かと難し気な文脈で語られることの多い現代音楽の伝説の聖地について、7歳の娘が真似して絵を描くのと同じように、と夢中になった経緯を語るあたりも、それが表れている。

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