Feb 22, 2019

インタビュー

宝生流宗家、宝生和英さんが明晰に回答!「時の権力者や財界人が能を好むのはなぜ?」

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能は、歌舞伎、文楽などと同様、長い歴史と高い技術の蓄積に支えられた日本を代表する古典芸能だ。が、歌舞伎や文楽と同じようなものだとタカをくくると、痛い目に遭う。

歌舞伎や文楽は、現代人には難解に感じられるものが多い一方で、まんが『ワンピース』をゆずのヒット曲を使って舞台化してしまうほどの柔軟性と大衆性を持ち合わせており、実はかなり間口が広い。これに引き換え能楽は、演能の前に解説が付き、ストーリーや見どころを説明するサービスが付くことも多く親切そうでいて、実際に上演が始まると、もう取り付く島がないほどに、何も理解できずに終わってしまうことが珍しくない。

650年の歴史を持ち、理想的な芸術論を展開。つねに時の権力者や財界人に愛される一方、その敷居を決して低めようとはしない能楽に、いったいどうアプローチすればいいのか。能楽界の次代を担うシテ方宝生流宗家の宝生和英さんが、目から鱗の実践的アドバイスをしてくれた。

 

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「能はエンタテインメントではありません」

「まず第一前提として、能楽はいわゆる”エンタテインメント”ではないということを、ご理解いただきたいと思います。 もちろん、真のエンタテインメントはそうではないのですが、ここで言う現代のエンタテインメントの定義は、心を揺るがすもの。つまり驚き感動といった大きな感情で日常を上書きし、一過性の印象を植え付けるもののことを指します。その意味では、能楽はエンタテインメントの真逆であり、Japanese Opera とか Japanese Musical とする形容は間違っています。

私は音楽家ブライアン・イーノが提唱している”アンビエント”という言葉をよく使うんですが、能はアンビエント・カルチャーに分類されると思っています。アンビエントには、精神の動きを一定におさめるような効能があります。これは美術館や神社仏閣に行く感覚に近いもので、たとえば美術館で素晴らしい絵を見ても、拍手はしませんよね。みんなで一緒に歓声を上げることもなく、見る人それぞれが、自分の楽しみ方を見つける。つまりパーソナルな体験であるところに、大きな特色があります。

教会のミサの役割にも、よく似ていると思います。日曜日にミサに行って、家族のことや仕事のことを、心を落ち着けて考える。これは信仰というよりも、生活を豊かにする工夫のひとつですよね。能を観るのも、同じようなことなんです」

創り手の解釈やテーマを押しつけず、リスナーの心の解放ややすらぎを目指すアンビエント・ミュージックと、能は同じカテゴリーに属するのだと、能楽界の若きリーダーは説く。

なるほど、能の演目は多種多様だけれど、その内容をわかりやすく伝える演出はしないし、烈しい心の葛藤を抱えているはずの主人公も、その情動は能面と装束の奥に秘め、決して明らかにしない。そうすることで、鑑賞者の心が簡単に乱れ動いてしまうことを避け、プレーンかつ穏やかな状態で、さまざまな問いを見つけられる余地をつくる。こうして観る者を精神的に深い次元へと誘うのが、能楽の使命であり価値である、というわけだ。

14世紀に成立して以来、近世以前は為政者に、近代以降は財界人等に愛され庇護されてきたのも、彼らが能のアンビエント効果をうまく使っていた証しだという。

 

信長、秀吉、家康と能の関係

「能楽は、実はイノベーションの達人なんです。たとえば戦国時代から江戸時代。能楽自体は変わらないのに、三人の為政者の能楽の使い方は、それぞれ異なっていました。

織田信長は、戦国真っただ中にあって死というものがとても身近にあった人です。 死に対する恐怖を持ったまま戦場に出ると、戦死する確率が高まるので、その恐怖を克服するためのマインドフルネスとして、能楽を使いました。

豊臣秀吉の時代は、すでに大きな戦争は無くなっていたので、組み立て式の能舞台を造るなど、秀吉は自分の力を誇示するため、プロパガンダとして能楽を使いました。

そして徳川家康は、全国を平定した後、各地のブランディングの一環として、能楽を推奨しました。おかげで加賀や佐渡など、その土地ごとに特色ある能楽が発展することになりました。こうして100年もしない間に、能楽の役割は次々に変わっていったのです」

 

 

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