Jun 28, 2018

コラム

藤井青銅、ピアノ教室に通う

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 ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポンを担当していた時のことだ。たまたま大阪の放送局から生放送をしたことがあった。そこは広めのスタジオで、ブースの中(いわゆる金魚鉢の中)に、ピアノがあった。
 ちょうど12月8日だった。ジョン・レノンの命日だ。よせばいいのにぼくは、つい、
「俺、イマジン弾けるよ」
 と言ってしまった。するとディレクターは、
「じゃ、エンディングに弾いてもらいましょう」
 と言う。ウッチャンもナンチャンも面白がって、「弾いてくれ」となった。そりゃ、そうなるよなあ…。
 ことわっておくがぼくにバンドの経験はない。幼少時にピアノを習っていたわけでもないのだ。なんでこんなことになってしまったのか?

 30歳の頃、ぼくは突然ピアノを習い始めた。
 ちなみに、ぼくの世代だと、たいていの男はギターが弾ける。ぼくも弾ける(下手だけど)。ぼくが子供の頃は「ピアノは女の子が習うもの」という時代だった。男の子でピアノを習っているのは(都会は知らないが)、地方では「いいとこの坊ちゃん」の証拠だった。当然、「いいとこの坊ちゃんではない」ぼくは習っていない。

 だからずっと、ピアノへの憧れがあった。ピアノが弾ける女性にはもちろん憧れる。だが男の場合、いかにも坊ちゃん育ちだとか、見るからにカッコいい男子が弾けるのには、あまり憧れない。(まぁ、そうだろうな)と思うだけだ。むしろ嫉妬心を感じる。
 そうではなく、一見ピアノとは縁がなさそうなさえないオジサンが、意外に♪ポロロン~と弾けるのはカッコいい!…という憧れだ。
 ぼくは、ピアノの方は無理だが、さえないオジサンの方なら自信がある。

 大人になって、放送作家になって、ちょうどヤマハがピアノタッチのクラビノーバを発売した時だったので、
「あ、これなら場所をとらないし、ヘッドフォンで練習できる!」
 と買った。
 だが、問題は先生だった。まだヤマハは「大人の音楽教室ビジネス」を始めていない。やがてそこにマーケットが存在すると気づくわけだが、この時点で市場は成熟していない。ぼくみたいに先走りがちな奴がチョロチョロとやっている段階だった。
 知り合いが、「基本は子供に教えているけど、大人に教えてもいい」という先生を紹介してくれた。これが音大を出たての若い女性教師だったら、ぼくも間違いの一つや二つあったかもしれないが、残念ながらというか、安心したことにというか、ぼくよりずっと年上の女性だった。
 下北沢のご自宅まで、ぼくは二週間に一回程度個人レッスンに通うことになった。
 先生は最初のうち、基本的なレッスンをした。それで様子を見ていたのだろう。少しずつ簡単な曲を弾かせ、やがていきなり「トルコ行進曲」(モーツァルト)を弾かせようとしたのだ。ぼくのおぼろげな知識では「バイエル」だのなんだのという教則本をイメージしていたので、驚いた。

 しかし先生曰く、
「教則本の曲ってつまんないでしょ。ちゃんとした曲を弾いた方が楽しい」
「そりゃそうですけど…」
「子供は感情込めるのがまだうまくないから教則本の曲でいいの。でも大人は感情を込められる。藤井クンみたいな仕事をしている人は、とくにそれができる。指使いは下手でもいいから、曲を弾きましょう」
 この先生の言葉は、芸事の真理だと思う。だってぼくは、この年から始めてピアニストになろうというのではなく、音楽教師になるつもりもない(なれないけど)。楽しみながら、少しだけうまくなりたいのだ。
(ジャンルは違えど、ぼくはいま文章講座の講師をやることがある。その時はいつも、同じ気持ちで教えている)

 だからその頃、ぼくは放送作家の仕事をしながらピアノのレッスンに通っていたのだが、その時の周囲の反応が面白かった。

 

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藤井青銅

藤井青銅(ふじいせいどう)
23歳の時「第一回・星新一ショートショートコンテスト」入賞。これを機に作家・脚本家・放送作家となる。

書いたラジオドラマは数百本。腹話術師・いっこく堂の脚本・演出・プロデュースを行い、衝撃的デビューを飾る。最近は、落語家・柳家花緑に47都道府県のご当地新作落語を提供中。 著書「ラジオな日々」「ラジオにもほどがある」「誰もいそがない町」「笑う20世紀」「あなたに似た街」「【悲報】本能寺で何かあったらしい……光秀ブログ炎上中! 歴史Web2.0」…など多数。

藤井青銅著「ラジオにもほどがある」(小学館刊)
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