Sep 28, 2017

コラム

AVにモザイクをかける仕事から始まったKという男の話

→前回までのコラムはこちら

 Kという男がいた。関東圏育ちだが、東京ではない。大人になって東京で一人暮らしを始め、仕事を探した。
「将来、『若い時こういう妙な仕事をやったことがある』と周囲に面白く語れるようなバイトを経験してみたい」
 と思ったという。もうここからしてちょっと変なのだが、まあ、若気の至りというやつだろう。
「そうだ! AVにモザイクをかける仕事ってのはどうだ?」
 と思いついた。若い成人男性の発想として、わからないではない。ある種、男にとって夢の仕事だ。そこでネットで探したら、求人があったという。
「え! そんなの、普通にあるの?」
 というのが、ぼくの素直な感想。
「あったんですよ」
 とKはこともなげに答えた。今はKではない別の名前だが、その話はあとで出てくる。以下は、彼に聞いた話だ。

 AVにモザイクをかける仕事は、当然、モザイクをかける前の映像を見ることになる。見放題だ。だから、そういう動機でやってくる人たちもいる。男の心情としてわかる。
「でも、そういう人たちは、たいていすぐ辞めます。一日で来なくなる人もいます」
 とのこと。一日で堪能したのか、妄想と現実のギャップを感じたのかは、知らない。
「モザイクかけなんて、初心者がすぐにできるもんじゃないでしょ?」
「最初は練習用の映像にモザイクをかけるんです」
「そんなものがあるのか!?」
 4分程度の練習用素材があるという。しかも、AVには色んな種類の映像がある…なんというか…、ええと……、ちょっとここには書きづらいなあ…つまり、Aパターン、Bパターン、Cパターン…とさまざまなイケナイ映像の種類ごとに、モザイクのかけ方が違う。初心者はまず、それぞれのパターンで練習をする。
「その期間が3ヶ月~6ヶ月くらいあって、ようやく本編の仕事になります」

「凄い!」
 ぼくはひどく驚いた。だって、その3ヶ月~6ヶ月の間、会社としてはただ人件費を払っているだけ。将来使い物になるかどうかわからない新人に、丁寧に研修を行っているのだ。
 いまや日本企業は疲弊し、人材育成にお金と時間をかけない。どこも即戦力を欲しがり、あるいは何か聞こえのいい横文字の制度で、実質的にタダ働きをさせる。それに比べればちゃんとしているではないか。うっかり、「大手企業よ、AV業界を見習え!」と思ってしまったほどだ。

 Kはそうやって仕事を始めた。もちろんしっかり濃いモザイクをかければ見えないのだが、それだと商品としての魅力がなくなり、売れない。といって、薄いモザイクだと見えてしまい、当然売ってはいけない。そこらへんの、見えそうで見えないギリギリのモザイクかけが、彼は天才的にうまかった。しかも仕事が早い。普通なら二日かかる作業を、半日でこなしてしまうという。ほどなくして彼は、
《モザイクかけのスピードスター》
 と呼ばれることになる。まったく、人間どんな所に自分の才能が眠っているかわからないものだ。

 ところで、ここまで読んで、今回のコラム・タイトル『不思議な職業』とはAVのモザイクかけのことだと思うだろうが、そうではない。別の仕事のことだ。
 もう少しこのまま読んでもらいたい。

 さて、モザイクかけの作業というのは当然、目と両手を使う(スピード調節のペダルを踏むため、足も使うらしい)。が、耳は空いている。普通はイヤホンで音楽を聴きながら仕事する人が多いが、先輩が、
「ラジオが面白いよ」
 と教えてくれた。
 Kはそれまでラジオに興味がなかった。が、聴いてみると面白い。それから彼は、深夜ラジオにはまっていく…。

 

お知らせ

saydo_cover_170330

『幸せな裏方』

藤井青銅(著)/新潮社

otoCotoで連載中のコラム『藤井青銅の「この話、したかな?』が書籍化! 好評発売中です。


■電子書籍で購入する

Reader Storeはこちら

ブックパスはこちら

 

■紙版で購入する

藤井青銅

藤井青銅(ふじいせいどう)
23歳の時「第一回・星新一ショートショートコンテスト」入賞。これを機に作家・脚本家・放送作家となる。

書いたラジオドラマは数百本。腹話術師・いっこく堂の脚本・演出・プロデュースを行い、衝撃的デビューを飾る。最近は、落語家・柳家花緑に47都道府県のご当地新作落語を提供中。 著書「ラジオな日々」「ラジオにもほどがある」「誰もいそがない町」「笑う20世紀」「あなたに似た街」「【悲報】本能寺で何かあったらしい……光秀ブログ炎上中! 歴史Web2.0」…など多数。

藤井青銅著「ラジオにもほどがある」(小学館刊)
→電子書籍版

プロフィール詳細を隠す表示する

この記事が気に入ったらクリック

SNSでシェア

このエントリーをはてなブックマークに追加