Feb 07, 2017

コラム

人気コミックのアニメーション化に欠かせない響き! 香しきメロディーが彩った棋士の青春【前編】

人気コミックのアニメーション化に欠かせない響き!
香しきメロディーが彩った棋士の青春【前編】

hashimotoyukari

 

 羽海野チカ原作の『3月のライオン』は、とてつもないファン層を築いている人気コミックだ。そのアニメーション化が成る、となったとき、ファンであれば、さまざまな期待と不安に心がざわめいたはず。どんな動きになるのか、どんな雰囲気が漂うのか。そんな明暗の動揺を作り手も感じていたとしたら? そう、あまりにも純真な畏敬の念を抱えながら原作の映像化に正対した作曲家がここにいる。橋本由香利である。

 

原作に思い入れのある作品だからこそ

 

──作曲依頼の経緯を伺えますか。

新房監督からお話をいただきました。私自身がこの原作の大ファンでしたので、一も二もなく「ぜひやらせてください!」っていう感じで(笑)、もう嬉しかったですね。原作は全巻、持っています。『3月のライオン』だけでなく、羽海野チカ先生の作品がずっと好きで、一昨年(2015年)の秋くらい(9月)に『3月のライオン』がアニメーション化されるというニュースを聞いて、「誰が音楽をやるのかな? いいなぁ」って思っていたところに、10月に音楽のお話をいただけて。そのときは本当にビックリしました! ビックリと嬉しさがごっちゃになっていましたね(笑)。

──実際の作曲は2016年3月から行われたということですが、制作陣からはどのような注文が寄せられたのでしょうか。

新房監督と音響監督の亀山俊樹さんから伝えられたのは、まず「メロディーがある音楽を」ということでした。普段、歌ものの楽曲を作ることも多いので、歌ものに近い雰囲気の劇伴を作ってほしいということかなと思いました。新房監督とは以前にもお仕事をさせていただいたことがありましたから(『ささみさん@がんばらない』[2013])、私の音楽の雰囲気もちょっと覚えていてくださった部分もあったのかな、と。

──いざ、作曲に取りかかってみていかがでしたか。

あれほど人気のある原作ですし、やっぱりプレッシャーはありました。アニメーションになるときには、新房監督の世界観も入ってくるので、原作に忠実でいたいと思いつつ、音楽をうまく融合させることができるのかなっていう不安ですね。

──産みの苦しみは相当……。

それはもう苦しんで苦しんで(笑)。とにかく原作を全巻、余すところなく読んでいるんで、このシーンにはこういう音楽が付いてほしい、みたいな思いがどうしても強く出てしまうんです。客観性を持って作品を眺めてみようと思いつつも、なかなかできないっていうジレンマはありましたね。

 

3lion-01-2

 

──それほどの思い入れがあるということは、今回の依頼を受ける以前、原作を読んでいたときに既に音楽が湧き出ていたりしていたのではないですか。

いえ、原作には確固とした世界観があるので、音楽を想像することもなかったんです。依頼をいただいて初めて考えられるようになったところはあります。でも、実際に作ってみると、逆に「こういう曲、作ってみたい。ああいう曲も試してみたい」という気持ちも出てきて、無駄にいっぱい曲を作ってしまって(笑)。ストリングスであるメロディーができると、ピアノバージョンも作りたいなと思ったり、歌も入れてみたいなと思ったりして、そういう別の葛藤みたいなものもありましたね。暴走して沢山作ってしまったな、と(笑)。ただ、前に『おそ松さん』(2015)という作品をやらせていただいたときも、いろんなシーンがあったり、かなり自由にやらせていただいたりしたこともあって、いろんなパターンを試したら、制作陣が全部それらを汲み上げてくださったことがあったんです。だから、こちらがいろんな選択肢を提出しても大丈夫なんだなという気持ちもどこかにあって、「あれもこれも」みたいに、作りたいだけ作ってしまいましたね。

──音響監督から出された音楽メニューには、曲ごとに原作の具体的な場面、該当箇所が記されていますね。やはり、原作の指定箇所を眺めながら作曲をなされたのですか。

そうですね。音楽メニューは細かくて、シーンの指定だけでなく、棋士のひとりひとりにテーマ曲をという発注もありました。それを踏まえつつ、たとえば対局のところはかっこよく、とか。全体からすると、対局の曲数自体は少ないんですけど、私の考える棋士のイメージと音響監督の意見を摺り合わせながら作っていったところはありますね。

──棋士に限らず、これだけ登場キャラクターが多いとかなり大変そうですけれど、そうでもなさそうな感じも橋本さんから伝わってきますね。

具体的に音楽メニューがあったこともありますけど、それぞれキャラクターがはっきりしているので、あまり(作曲で)迷うような人はいなかったです。

──二海堂晴信などは面白く作曲された感じでしょうか。

二海堂くんについてはコミカルなものと、彼の根底にある強さ、その二極に分かれている感じで、何タイプも作りました。印象の強い棋士ですよね。一応、メニューに従って棋士ごとに書きましたけれど、曲によっては色々なシーンで使われるところもあって、ご覧になる方にも楽しんでいただけるのではないかなと思います。私自身、オンエアを見ながら「あ、こんなところにも使われている!」って、楽しんでいましたから。

賀来タクト

賀来タクト(かく・たくと) 映画&音楽関連文筆家。1966年生まれ。愛知県出身。雑誌記者・編集を経て現職。編集担当書籍に『映画道楽』(ぴあ刊)、『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)など。企画協力・監修ムックに『オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇』(キネマ旬報社刊)。執筆参加書籍に『映画音楽 200CD スコア・サントラを聴く』(立風書房刊)、『映画×音楽 セッション・レポート103』(音楽之友社刊)など。第66回(2011年度)より、毎日映画コンクール《スタッフ部門》の2次選考委員を担当。2015年9月27日開催の岡山シンフォニーホール主催・岡山フィルハーモニック管弦楽団演奏による映画音楽公演『We Love 映画音楽』では、企画・演目構成・ナビゲーターを担当。1998、2000年にはハリウッド映画音楽の巨人ジェリー・ゴールドスミスの来日コンサート(神奈川フィルハーモニー管弦楽団主催)に企画協力。現在、『キネマ旬報』誌にてコラム「映画音楽を聴かない日なんてない」を連載中。